リハビリ

パラスノーボードへの挑戦

少し長くなりますが、実は報告がありまして、、、

今年からパラスノーボードの日本代表チームの強化指定選手として活動することになりました。

きっかけは昨年の一般社団法人障害者スノーボード協会が主宰する「サポーターズカップ」という障害者とそのサポーターが出れるスノーボードクロスの大会が白馬であって、久しぶりに大会に出てみたいなという気持ちが湧いて来て、思い付きで参加してみたんですね。

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じゃあなんと全敗して・・・
パラスノーボードってクラス分けが3つあって簡単に言うと、UL(上半身に障害がある)、LL1(下半身に重度の障害がある)、LL2(下半身にまあまあの障害がある)なんですが、自分は左足はある程度元気で、逆の右足が前の半分以下くらいの力しか無いのでLL2に分類されます。

なんですが、その大会で普通にLL1の選手にタイムでも勝ててなくて・・・(その人は平昌パラの5位の凄い選手なんですが)
さらにグリムとか遥か早いタイムで、正直みんな障害もってるの?くらいの滑りで、普通に全部のレースで負けました・・・

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なんかめっちゃ面白くて。
クロスとか初めてやったけど、皆死ぬ気で突っ込んでくるし、、、

機会あったらまた出たいなーなんて思ってたんですよ。

じゃあ夏前に日本障害者スキー連盟から連絡きて、サポーターズカップの予選のタイムが速かったから、チームに参加してみませんかという事で、仕事でやりたい事もいっぱいあったので色々悩んだんですが、スノーボードの仕事をして行く上で、スノーボードで限界に挑戦し続ける事を忘れたくないなーと思い、参加してみる事にしました。

正直、脊髄を損傷してから全く思い通りに滑れず、昔みたいな高揚感が得られませんでした。
何の為にすべってんだろ。とか何で俺すべれないのにスノーボードの仕事してんだろう。とか。

ただNO MATTER BOARDやってるときだけはスノーボードが楽しくて、スノーボードの魅力をテレビを通して伝える為に必至になって出来る限り滑って、やり切ろうと。
そしてNO MATTER BOARDも色々あって昨年で終わり(前のBLOG参照)、今年からスノーボードとどうやって付き合ってこうかなーと思ってた矢先だったので、参加する事を決意しました。

で、夏ごろには無事チームへ加入できることも決定し、秋ごろに第1回目の大会参戦となるドバイのW杯に参加。

が。

世界のパラ連盟の大会に参加するためには自分の怪我のレベルや、障害の有無を調べる「クラシフィケーション」という大切な試験が現地であるのですが、それで色々と問題があり資格をもらえる事ができませんでした・・・

いやいや、俺何しにドバイ来たの・・・状態ですよ。
やけになってWEBのマンガサイトに1万円も課金して時間を忘れようとしてました。
その他には砂漠見にいったり・・・

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綺麗だったなぁ  (現実逃避)

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いや、綺麗だった・・・  (現実逃避)

 

と、いう訳で、結局パラの大会には参戦出来なかったんです。

で、チームのコーチやドクター達が、1月にカナダでもう一度クラシフィケーションがあるんで、岡本君が挑戦するなら本気でやるよって言ってくれて、、、
冬は本当にやりたい事もあるし忙しいので本気で悩んだんですが、乗り掛かった舟なので、これを最期のチャンスにしよう!と思って参加する事にしました。

そこからまた病院に行き詳しい検査をして、現在カナダのBIG WHITE SKI RESORTという山に来ています。

で。

準備万端で挑んだ今回のクラシフィケーションで、ようやくクラス認定がされました!

もう泣きそうだった。。。

ドバイでの絶望感、からの苦悩した日々。
サポートしてくれたコーチ、先生、協会の皆さまには感謝しかないです。

そして早速、北米選手権というコンチネンタルカップ(W杯の下のランクの大会)に出場してきました。
もうめっちゃ面白くて!

これは準決勝でカナダの選手に負けた時のレースなんやけど、抜けるか!いや、抜けない!みたいな。笑
ここまでレースが面白いと思ったのは初めてでした。(前は怖いとしか思わなかった)

でもパラリンピック後という事や、ランクが低い大会という事もあり3位入賞できました。

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久々のこういう感じ!笑

嬉しかったなー!

ここまで色々紆余曲折あったけど、ようやく怪我した後にはじめてまともにスノーボード自体と向き合えた感じがします。
やっと、もう一度スノーボード上手くなろうって。

じゃあなんか知らないけど、普通に滑ってるときも楽しくて楽しくて。
こういうのがスノーボードだった!ってようやくNO MATTER BOARD以外の時でも感じられるようになりました。

そしてチームも最高です。
全然束縛されることもなく、いつも「とにかく楽しんで滑ってほしい」って言ってくれるんですよ。
で、速いターンに疎い自分に色んなアドバイスもくれて、怪我後はどうしても前出来てたのに、今は出来ない事にばっかり目が行ってしまってた自分が、今はフリースタイルのスノーボードじゃなくても、とにかく板に乗ってれば楽しい感覚で滑れるようになってきました。

これはカナダ来てからフリーラン中の映像。
これもコーチが撮ってくれました。(追い撮りウマすぎ)

「キッカーで吸収の練習しようか」

と、いうと思いきや

「スタイル出てるね~!」
って。
流石に笑ってしまった。

でもこのチームなら楽しんでスノーボード出来そうです。
メンツが大事って言うのは昔からのポリシー。

と、いう事で長くなりましたが、正式にパラの代表チームとして大会を回れることになりました。

今は仕事でyukiyamaアプリ作ってたり、大阪KINGSや、THEPARKSでスキー場のパーク造成もやってて、仕事はとても刺激的で面白いんだけど、その中で、自分がスノーボードに関わり続ける理由をここで作っていけたらなと思います。

まだ強化指定のCランクだし、トップの選手達は遥か上のレベルでまだまだ勝てそうにないけど、これからの挑戦が楽しみです。

そして障がいを持ってる多くの方がスノーボードしてみたい!って思ってもらえる様になればいいなー
障がいがあってもスノーボードは出来るし、こんなに楽しい遊びは他に無いって自分は思ってます。

歳をとって体力がなくなっても、技術は上がり続ける。
この阪西くんの言葉を信じて自分も頑張ってこーかな!笑

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ドバイにて。笑

退院

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無事退院しました。

実は去年の今日にも1回目の長い入院から退院してたんですねー笑
運命か。

ここから時間をかけて行って骨の経過を見て、もし変形が見られたら次の手術へ。
安定してきたらこのまま様子を見ていくという感じになりそう。

ここまで来たらもうできる事をして、祈るしかないので、ただ様子を見たいと思います。

良くなるのも運命,悪くなるのも運命。

全てがいい方向に進むように祈ってます。

写真はYAMAHAのモトクロスのライダーの三原君。

同じ病院に入院し、後半はずっと一緒にいた気が。
若いのにしっかり自分持ってて、受傷直後の不安定やった自分とはえらい違いやった。笑
これからもお互い復帰に向けて頑張って行きたいなー。

次スノーボードに復帰できるのはいつになるかはわからないけど、それでも前に進んでるんで大丈夫。

脚もまだまだめちゃめちゃ弱いし、足首なんかほぼ0%やけど、勝手な予感で絶対に滑れると感じてます。
なんとなく自分には分かる。

正直去年の退院から脚が動かないことはどこかで諦めてた気がするんですよね。
動かないことが普通になってて、その中でうまく生きていくんやって。
でもそれって慣れで、本当の気付きでは無い。

自分の意志で絶対に「動かす」。
長い時間掛けて、おなじことを繰り返してもそこに向かう。

自分はまだまだこんなもんじゃない。
絶対にやれる。

そして10月は試写会ツアーがあり、シーズンに向けても色々やりたい事が死ぬほどあるんで忙しくなりそう。

元気のない人は自分に会いに来て下さい。笑

MIXJUICE FESTIVAL

入院中の癒し

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いっつも走って病院に入ってきます。笑
もう気配でわかる程に。。。

で、色々あったことを話してくれて、一緒にゲームして、ご飯食べて。
短い時間やけど楽しい。

入院や手術、リハビリはやっぱりキツくて、脊髄損傷してる人のほとんどは先が見えなくて苦しんでる。
でも結局は前を向くしか無くて、少しずつ進む。
今までとは同じ生活や楽しみ方は出来なくて、新しい価値観や考え方、楽しみ方を1から見出さなくてはいけない。
それは自分も例外ではなく、何度も子供たちに助けられた。
「俺がやらんかったら誰がやるねん」的な?笑

人生は短いからこそ、今できる最高の努力と成長を。
それが無理しててもストレスでも良いと思ってる。
結果、明るい人生につながるんやったら。

カッコいい背中を見せる事だけが今の俺の人生の指針。

息子たち。ついて来いよ~